八王子バプテスト教会通信

4月3日のメッセージ 2022年4月3日

み言葉を託された者:ソロモン(3)

 

このようにソロモン王は富も知恵も、地のすべての王にまさっていたので、全地の人々は神がソロモンの心に授けられた知恵を聞こうとしてソロモンに謁見を求めた。人々はおのおの贈り物を携えてきた。すなわち銀の器、金の器、衣服、没薬、香料、馬、騾馬など年々定まっていた。ソロモンは戦車と騎兵とを集めたが、戦車一千四百両、騎兵一万二千あった。ソロモンはこれを戦車の町とエルサレムの王のもとに置いた。王はエルサレムで、銀を石のように用い、香柏を平地にあるいちじく桑のように多く用いた。ソロモンが馬を輸入したのはエジプトとクエからであった。すなわち王の貿易商はクエから代価を払って受け取ってきた。エジプトから輸入される戦車一両は銀六百シケル、馬は百五十シケルであった。このようにして、これらのものが王の貿易商によって、ヘテびとのすべての王たちおよびスリヤの王たちに輸出された。ソロモン王は多くの外国の女を愛した。すなわちパロの娘、モアブびと、アンモンびと、エドムびと、シドンびと、ヘテびとの女を愛した。主はかつてこれらの国民について、イスラエルの人々に言われた、「あなたがたは彼らと交わってはならない。彼らもまたあなたがたと交わってはならない。彼らは必ずあなたがたの心を転じて彼らの神々に従わせるからである」。しかしソロモンは彼らを愛して離れなかった。彼には王妃としての妻七百人、そばめ三百人があった。その妻たちが彼の心を転じたのである。ソロモンが年老いた時、その妻たちが彼の心を転じて他の神々に従わせたので、彼の心は父ダビデの心のようには、その神、主に真実でなかった。これはソロモンがシドンびとの女神アシタロテに従い、アンモンびとの神である憎むべき者ミルコムに従ったからである。このようにソロモンは主の目の前に悪を行い、父ダビデのように全くは主に従わなかった。そしてソロモンはモアブの神である憎むべき者ケモシのために、またアンモンの人々の神である憎むべき者モレクのためにエルサレムの東の山に高き所を築いた。彼はまた外国のすべての妻たちのためにもそうしたので、彼女たちはその神々に香をたき、犠牲をささげた。このようにソロモンの心が転じて、イスラエルの神、主を離れたため、主は彼を怒られた。すなわち主がかつて二度彼に現れ、この事について彼に、他の神々に従ってはならないと命じられたのに、彼は主の命じられたことを守らなかったからである。それゆえ、主はソロモンに言われた、「これがあなたの本心であり、わたしが命じた契約と定めとを守らなかったので、わたしは必ずあなたから国を裂き離して、それをあなたの家来に与える。しかしあなたの父ダビデのために、あなたの世にはそれをしないが、あなたの子の手からそれを裂き離す。ただし、わたしは国をことごとくは裂き離さず、わたしのしもべダビデのために、またわたしが選んだエルサレムのために一つの部族をあなたの子に与えるであろう」。

列王記10:23〜11:13

 

ここに、ソロモンの三つの大罪が記録されています。その他にも、ソロモンには大きな罪があったようですが。

 

三つの大罪?ここには大勢の外国人の妻から引き起こされた偶像崇拝のひとつの大きな罪と、あとは良いことばかり書かれているようにしか思えない?

確かに、外国人の妻をとって偶像礼拝をイスラエルに招き入れたのが、ソロモンの最大の罪でしょう。これは、神が約束の地に入ろうとするイスラエルに対して言い渡した決まりに対する明確な違反でした。

 

また彼らと婚姻をしてはならない。あなたの娘を彼のむすこに与えてはならない。かれの娘をあなたのむすこにめとってはならない。それは彼らがあなたのむすこを惑わしてわたしに従わせず、ほかの神々に仕えさせ、そのため主はあなたがたにむかって怒りを発し、すみやかにあなたがたを滅ぼされることとなるからである。むしろ、あなたがたはこのように彼らに行わなければならない。すなわち彼らの祭壇をこぼち、その石の柱を撃ち砕き、そのアシラ像を切り倒し、その刻んだ像を火で焼かなければならない。あなたはあなたの神、主の聖なる民である。あなたの神、主は地のおもてのすべての民のうちからあなたを選んで、自分の宝の民とされた。主があなたがたを愛し、あなたがたを選ばれたのは、あなたがたがどの国民よりも数が多かったからではない。あなたがたはよろずの民のうち、もっとも数の少ないものであった。ただ主があなたがたを愛し、またあなたがたの先祖に誓われた誓いを守ろうとして、主は強い手をもってあなたがたを導き出し、奴隷の家から、エジプトの王パロの手から、あがない出されたのである。それゆえあなたは知らなければならない。あなたの神、主は神にましまし、真実の神にましまして、彼を愛し、その命令を守る者には、契約を守り、恵みを施して千代に及び、また彼を憎む者には、めいめいに報いて滅ぼされることを。主は自分を憎む者には猶予することなく、めいめいに報いられる。それゆえ、きょうわたしがあなたに命じる命令と、定めと、おきてとを守って、これを行わなければならない。あなたがたがこれらのおきてを聞いて守り行うならば、あなたの神、主はあなたの先祖たちに誓われた契約を守り、いつくしみを施されるであろう。あなたを愛し、あなたを祝福し、あなたの数を増し、あなたに与えると先祖たちに誓われた地で、あなたの子女を祝福し、あなたの地の産物、穀物、酒、油、また牛の子、羊の子を増されるであろう。あなたは万民にまさって祝福されるであろう。あなたのうち、男も女も子のないものはなく、またあなたの家畜にも子のないものはないであろう。主はまたすべての病をあなたから取り去り、あなたの知っている、あのエジプトの悪疫にかからせず、ただあなたを憎むすべての者にそれを臨ませられるであろう。あなたの神、主があなたに渡される国民を滅ぼしつくし、彼らを見てあわれんではならない。また彼らの神々に仕えてはならない。それがあなたのわなとなるからである。あなたは心のうちで『これらの国民はわたしよりも多いから、どうしてこれを追い払うことができようか』と言うのか。彼らを恐れてはならない。あなたの神、主がパロと、すべてのエジプトびととにされたことを、よく覚えなさい。すなわち、あなたが目で見た大いなる試みと、しるしと、不思議と、強い手と、伸ばした腕とを覚えなさい。あなたの神、主はこれらをもって、あなたを導き出されたのである。またそのように、あなたの神、主はあなたが恐れているすべての民にされるであろう。

申命記7:3〜19

 

このように、外国人と結婚することにより偶像崇拝に陥る危険性が指摘されています。しかし、ソロモンはこの警告に耳を傾けず、700人の正室と300人の側室を受け入れました。正室の数が側室の数を上回るのは異常な状況ですが、それにはソロモンがこれだけの数の妻をめとった背景があります。父ダビデはイスラエル王朝の地位を揺るぎないものとしますが、戦争に明け暮れた愚直な信仰の父を見て、ソロモンはどう思ったのでしょうか。全く異なる路線を取ります。そのような武骨な父をでアツくてむさ苦しく思っていたようで、ボクならもっとクールでスマートにこなすのにな、と若い頃から思っていたのかもしれません。そのため、戦争ではなく政略結婚を選んだのです。しかも、相手の国からお姫様を頂いて、側室に置いてしまったら相手のメンツを潰すことにもなるので、大半を正室に置いていたのです。ソロモンの貿易網から得られる巨万の富があってこそ可能なことでした。

 

もうひとつ、ソロモンにまずい点がありました。それは、政略結婚で妻をもらったのならば、小城をひとつ与えて従者を必要なだけ付け、あとはたまに顔を出せばいいのですが、ソロモンはその妻たちを「愛して離れなかった」と記録されています。つまり、猫っ可愛がりしていたのです。だから、各自が自分の故郷の神々を礼拝したいと言ったら、仕方ない、そういう場所を作ってあげよう、ということになってしまうのです。「この国では天の神以外を拝んではいけない」とは強く言えなかったのです。

 

その他にも、ソロモンが神の命令に反した罪が二つありました。

 

あなたの神、主が賜わる地に行き、それを獲てそこに住むようになる時、もしあなたが『わたしも周囲のすべての国びとのように、わたしの上に王を立てよう』と言うならば、必ずあなたの神、主が選ばれる者を、あなたの上に立てて王としなければならない。同胞のひとりを、あなたの上に立てて王としなければならない。同胞でない外国人をあなたの上に立ててはならない。王となる人は自分のために馬を多く獲ようとしてはならない。また馬を多く獲るために民をエジプトに帰らせてはならない。主はあなたがたにむかって、『この後かさねてこの道に帰ってはならない』と仰せられたからである。また妻を多く持って心を、迷わしてはならない。また自分のために金銀を多くたくわえてはならない。彼が国の王位につくようになったら、レビびとである祭司の保管する書物から、この律法の写しを一つの書物に書きしるさせ、世に生きながらえる日の間、常にそれを自分のもとに置いて読み、こうしてその神、主を恐れることを学び、この律法のすべての言葉と、これらの定めとを守って行わなければならない。そうすれば彼の心が同胞を見くだして、高ぶることなく、また戒めを離れて、右にも左にも曲ることなく、その子孫と共にイスラエルにおいて、長くその位にとどまることができるであろう。

申命記17:14〜20

 

多くの金銀を蓄えること、そしてエジプトから馬を得ることです。どれも、支配者として、当たり前のことではないでしょうか?当たり前のことかもしれませんが、それは神の意図とは大きく異なりました。

 

ソロモンが「みんなやっているから」「うまくいくから」というような理由でこのような手法に徹するようになった背景のひとつに、父ダビデとは違って、生き延びるために信仰に頼り、神の助けに頼る必要がなかった、ということがあるのかもしれません。逆に、どのような苦境にあろうとも、神の言葉と神の油注がれた者に対して刃向かうことは絶対にしない、ダビデの愚直な信仰が全く見当たりません。

 

「周囲とうまく合わせないと周囲とうまくいかない」のは、人間社会ではある意味当たり前のことです。クリスチャンである私たちに対しても、このように教えられています。

 

あなたがたは、できる限りすべての人と平和に過ごしなさい。

ローマ12:18

 

しかし、周囲と合わせることによって主の命令に反することになるのであれば、ことは別です。そんなことをしたら、周囲のうまくいかなくなってしまうのでは?確かにそうかもしれません。しかし、私たちの主は、私たちの周囲にも束縛されていませんし、主のご計画は私たちが周囲とうまくやることにも束縛されていません。

 

とは言え、周囲が私たちの信仰に同感しなくても、私たちの行いを見て天の父を崇めるようになるべきです。イスラエルがエジプトで奴隷であったとき、周囲と合わせることだけに専念したのならば、模範的な奴隷民族として終わったことでしょう。しかし、行動を起こす時が到来すると、各家庭は門柱に生贄の血を塗って周囲との決別を宣言したのです。一方、彼らのそれまでの生き方と主のみ恵により、エジプトの人々から好感を得ていたのでした。

 

ソロモンは、主の命令に従うことによって祝福を受けることではなく、知恵と財産の力で富と平和を得る道を選びました。しばらくそれは続きましたが、最後には破綻します。人生の最後になって、ソロモンが自分の人生を振り返って反省している様子もうかがえます。箴言や伝道の書の言葉は、我が子に対しても、そして自らに対しても投げかけられている叱責にも聞こえます。私たちも、周囲とうまく合わせることで主の前に後悔することがないように心がけましょう。

 

あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、また日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。その日になると、家を守る者は震え、力ある人はかがみ、ひきこなす女は少ないために休み、窓からのぞく者の目はかすみ、町の門は閉ざされる。その時ひきこなす音は低くなり、人は鳥の声によって起きあがり、歌の娘たちは皆、低くされる。彼らはまた高いものを恐れる。恐ろしいものが道にあり、あめんどうは花咲き、いなごはその身をひきずり歩き、その欲望は衰え、人が永遠の家に行こうとするので、泣く人が、ちまたを歩きまわる。その後、銀のひもは切れ、金の皿は砕け、水がめは泉のかたわらで破れ、車は井戸のかたわらで砕ける。ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。

伝道の書12:1〜7

 

次回は、ソロモンの書を探ります。

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