八王子バプテスト教会通信

5月16日のメッセージ 2021年5月16日

「安心の源(1)」

 

いちじくの木は花咲かず、ぶどうの木は実らず、オリブの木の産はむなしくなり、田畑は食物を生ぜず、おりには羊が絶え、牛舎には牛がいなくなる。しかし、わたしは主によって楽しみ、わが救の神によって喜ぶ。

ハバクク3:17〜18

 

半年ちょっと前に学んだ箇所ですが、今日は再訪したいと思います。前回は「喜びの本質」というテーマでしたが、今回は「安心の源」というテーマで考えたいと思います。次のシリーズを始めるまで、数回にわたって、コロナ禍の社会について、また私たちクリスチャンが何ができるかについて、考えたいと思います。

 

時々、ニュースになるテーマがあります。それは、コロナの中においての自殺者です。そして特に注目されているのが、女性の自殺の多さです。しかも、情緒的に不安定とされる十代とかではなく、20代〜40代の女性の自殺が急増しているのです。これは世界的に見ても非常に奇異な現象で、私もアメリカの教会関係者から、「このような報道を見たのだがそれは事実か?」と問い合わせを受けたこともあります。

 

日本はそもそも、自殺に関して特殊なデモグラフィックがありました。それは、サラリーマンの自殺の多さです。働き盛りの男性の自殺も、他国ではそこまでありません。それが女性の自殺にとって変わられているという数字なのですが、実はいずれも、日本の現代社会の中にあるひとつの特徴に関連した、共通した側面があるのです。

 

一般的に、世界的に自殺の原因にはある程度の傾向があります。

まず、何よりも多いのが若者の自殺です。感情の暴走や、人生に対する不安や閉塞感が原因で安易に自らの命を絶ってしまうというのが、昔からどこの国やどこの文化においても、自殺者の大半を占めています。今回は自殺そのものについの話ではありませんが、クリスチャンは自殺を考えている人の相談を受けたり、また自殺をしてしまった人の周囲の残された人を慰めたりすることもありうるため、少し簡単にまとめて考えましょう。自殺の具体的な原因には次のようなものがあります。

 

  • 恋愛関連

これには、大きく分けて二つあります。ひとつは、失恋です。相手に気持ちを受け入れてもらえなかったりとか、別れを持ち出されたりして自らの命を絶つことは古代から知られています。それだけ相手を思う気持ちが大きいということです。もうひとつは、恋人同士の心中です。お互いに恋しているが、家族や社会がそれを許さないため、二人で一緒に命を断つことによって不可逆的に一緒になるという、一種の抗議でもあります。日本の江戸時代に、大坂堂島新地の女郎・はつと、大坂内本町の醤油商平野屋の手代・徳兵衛が西成郡曽根崎村の露天神の森で心中した事件を題材にした「曽根崎心中」が浄瑠璃で大ヒットとなり、感化された若いカップルの心中が社会現象化するまでに多発してしまったために、この演目は江戸時代から戦後まで上演禁止になりました。

 

  • 病気関連

これに関しても、二つあります。ひとつは、病気そのものが自殺を引き起こすものです。一般的な例が、「うつ病」や「統合失調症」です。私が大好きであったミュージシャンのカート・コベインやダニー・ガットン、料理研究家のアンソニー・ボーディンも、このような病に命を奪われました。愛する家族がいながらも、その家族を残して自らの命を絶ってしまったのです。

これに対して、病気の苦しみから自殺することも知られています。末期癌で、痛みや治療への絶望から自らの命を絶ことも知られていますし、今ではいくつかの国での末期の「安楽死」が医療行為として認められています。日本では安楽死そのものは認められていませんが、余命数日になり大変な痛みに襲われている末期癌患者に対して、医薬を使って導入した人工的な昏眠状態にして、息を引き取るまで数日間眠らせて痛みを避けるということが行われており、倫理的な観点から議論が進められています。

 

  • ウェルテル効果

これは、誰か有名人が自殺をしたことをマスコミが報道することにより、共感した人々が自殺するというものです。日本では、1986年にアイドルの岡田有希子が飛び降り自殺をすると、数日の間に約30人の中高生が同じように飛び降り自殺をし、結果的に、その年の若者の自殺者は前後の年に比べて3割も増えてしまいました。

 

その他にも自殺の要因になりうることはいくつかありますが、いずれも古代から知られたものであり、今回注目されている日本での現象とはだいぶ違います。まず、今急増している女性の自殺の原因ですが、そもそも社会的立場が弱いシングルマザーがコロナでさらに窮地に追い詰められているという点が指摘されています。その最大の理由は、生きていく見通しが不透明になったから、ということです。子供にちゃんと食べさせてあげることができない、教育を受けさせることもできない、というジレンマもあります。確かに、本当に大変だと思います。今では、日本の子供の7人に1人が、貧困家庭で育っていると言われています。私も幼少期から日本で育ってきましたし、決して豊かな家庭ではありませんでしたが、日本にこのような状況が到来するとは、全くイメージできませんでした。

 

また、日本独特の中年サラリーマンの自殺の多さも、実はこれと同じ要因が働いています。社会で成功するためには、学生時代から敷かれたレールにいかに乗れるかにかかっているという、どんでもなくあり得ない神話がいつの間にかに出来上がり、このレールに乗れなければ何をやってもダメだ、という思い込みが社会に定着してしまったのです。その中で、滅私奉公に暮れながらも会社からも家族からも見下される中で、ついに自殺を脱出の方法として選んでしまうのです。

 

この二つに共通するのは、「大変だから」「先が見通せないから」ということです。しかし、人類の歴史上、これが自殺の原因となったことは基本的にありません。むしろ、貧困の中で困難であればあるほど、人類はたくましく、したたかにやってきたのです。日本の戦後社会もまさにそうでした。日本ではラテンアメリカの人々に対して「陽気でいいね」と言われますが、ラテンアメリカでは人口の半数以上が貧困状態にあるのです。

 

これを逆説的に考えると、現在の日本を苦しめている神話が二つ、高度経済成長期から定着したことがわかります。それは、「豊で当たり前」「将来が見通せて当たり前」ということです。こんなことは現実的にはあり得ませんが、高度経済成長期の様々な政策があまりにもうまくいって国民を豊かにしたため、このような考え、いや正しくは歪んだ「心理」、が定着してしまったのです。そうすると、少しでも物事が不透明になると、あるいは人生のレールから外れてしまうと、簡単に絶望してしまうのです。

 

このテーマに関して次週も考えていきたいと思いますが、今週は一旦、イェスの言葉で閉じたいと思います。

 

それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで思いわずらい、何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさるではないか。空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取りいれることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていて下さる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。  また、なぜ、着物のことで思いわずらうのか。野の花がどうして育っているか、考えて見るがよい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。きょうは生えていて、あすは炉に投げ入れられる野の草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。だから、何を食べようか、何を飲もうか、あるいは何を着ようかと言って思いわずらうな。これらのものはみな、異邦人が切に求めているものである。あなたがたの天の父は、これらのものが、ことごとくあなたがたに必要であることをご存じである。まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものは、すべて添えて与えられるであろう。だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。一日の苦労は、その日一日だけで十分である。 

マタイ6:26〜34

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