八王子バプテスト教会通信

10月17日のメッセージ 2021年10月17日

み言葉を託された者:ヨシュア(1)

 

ヨシュアは、イスラエルのすべての部族をシケムに集め、イスラエルの長老、かしら、さばきびと、つかさたちを召し寄せて、共に神の前に進み出た。そしてヨシュアはすべての民に言った、「イスラエルの神、主は、こう仰せられる、『あなたがたの先祖たち、すなわちアブラハムの父、ナホルの父テラは、昔、ユフラテ川の向こうに住み、みな、ほかの神々に仕えていたが、わたしは、あなたがたの先祖アブラハムを、川の向こうから連れ出して、カナンの全地を導き通り、その子孫を増した。わたしは彼にイサクを与え、イサクにヤコブとエサウを与え、エサウにはセイルの山地を与えて、所有とさせたが、ヤコブとその子供たちはエジプトに下った。わたしはモーセとアロンをつかわし、またエジプトのうちに不思議をおこなって、これに災を下し、その後あなたがたを導き出した。わたしはあなたがたの父たちを、エジプトから導き出し、あなたがたが海にきたとき、エジプトびとは、戦車と騎兵とをもって、あなたがたの父たちを紅海に追ってきた。そのとき、あなたがたの父たちが主に呼ばわったので、主は暗やみをあなたがたとエジプトびととの間に置き、海を彼らの上に傾けて彼らをおおわれた。あなたがたは、わたしがエジプトでしたことを目で見た。そして長い間、荒野に住んでいた。わたしはまたヨルダンの向こう側に住んでいたアモリびとの地に、あなたがたを導き入れた。彼らはあなたがたと戦ったので、わたしは彼らをあなたがたの手に渡して、彼らの地を獲させ、彼らをあなたがたの前から滅ぼし去った。ついで、モアブの王チッポルの子バラクが立って、イスラエルに敵し、人をつかわし、ベオルの子バラムを招き、あなたがたをのろわせようとしたが、わたしがバラムに聞こうとしなかったので、彼は、かえって、あなたがたを祝福した。こうしてわたしは彼の手からあなたがたを救い出した。そしてあなたがたは、ヨルダンを渡って、エリコにきたが、エリコの人々はあなたがたと戦い、アモリびと、ペリジびと、カナンびと、ヘテびと、ギルガシびと、ヒビびと、およびエブスびとも、あなたがたと戦ったが、わたしは彼らをあなたがたの手に渡した。わたしは、あなたがたの前に、くまばちを送って、あのアモリびとのふたりの王を、あなたがたの前から追い払った。これはあなたがたのつるぎ、または、あなたがたの弓によってではなかった。そしてわたしは、あなたがたが自分で労しなかった地を、あなたがたに与え、あなたがたが建てなかった町を、あなたがたに与えた。そしてあなたがたはいまその所に住んでいる。あなたがたはまた自分で作らなかったぶどう畑と、オリブ畑の実を食べている』。それゆえ、いま、あなたがたは主を恐れ、まことと、まごころと、真実とをもって、主に仕え、あなたがたの先祖が、川の向こう、およびエジプトで仕えた他の神々を除き去って、主に仕えなさい。もしあなたがたが主に仕えることを、こころよしとしないのならば、あなたがたの先祖が、川の向こうで仕えた神々でも、または、いまあなたがたの住む地のアモリびとの神々でも、あなたがたの仕える者を、きょう、選びなさい。ただし、わたしとわたしの家とは共に主に仕えます」。その時、民は答えて言った、「主を捨てて、他の神々に仕えるなど、われわれは決していたしません。われわれの神、主がみずからわれわれと、われわれの先祖とを、エジプトの地、奴隷の家から導き上り、またわれわれの目の前で、あの大いなるしるしを行い、われわれの行くすべての道で守り、われわれが通ったすべての国民の中でわれわれを守られたからです。主はまた、この地に住んでいたアモリびとなど、すべての民を、われわれの前から追い払われました。それゆえ、われわれも主に仕えます。主はわれわれの神だからです」。しかし、ヨシュアは民に言った、「あなたがたは主に仕えることはできないであろう。主は聖なる神であり、ねたむ神であって、あなたがたの罪、あなたがたのとがを、ゆるされないからである。もしあなたがたが主を捨てて、異なる神々に仕えるならば、あなたがたにさいわいを下されたのちにも、ひるがえってあなたがたに災をくだし、あなたがたを滅ぼしつくされるであろう」。民はヨシュアに言った、「いいえ、われわれは主に仕えます」。そこでヨシュアは民に言った、「あなたがたは主を選んで、主に仕えると言った。あなたがたみずからその証人である」。彼らは言った、「われわれは証人です」。

ヨシュア記24:1〜22

 

これはヨシュアの言葉の中で最も有名なものですが、ヨシュアがこの言葉を語ったのは、110歳で死ぬ直前のことでした。それよりもずいぶん前から様々な活躍をしていますので、順に見ていきたいと思います。また、この箇所は聖書の「ヨシュア記」にありますが、ヨシュアが書いたものではなく、ヨシュアの時代のイスラエルの歴史を記録したものです。ヨシュアは将軍であり「さばきつかさ」でもありましたが、預言者ではありませんでした。しかし、ヨシュアも神から言葉を託された者として取り上げて考えたいと思います。

 

ヨシュアが最初に聖書に登場するのは、イスラエルがエジプトを出てシナイ山で律法を受け取ってからしばらくしてです。イスラエルがヨルダン川を渡ってカナンの地を受け取ろうとしている時でした。その地に入る前に、12人の斥候(偵察隊)を送り込むことになりました。エフライムの部族の代表として選ばれたのが、ヨシュアでした。「ヨシュア」という名前は、「彼(神)は救う」という意味ですが、民数記13:16には、これまで「ホセア」と呼ばれていたのをモーセが「ヨシュア」に改名させたと記録されています。この時点でモーセがヨシュアに大きな期待を寄せていたことがわかります。

 

ちなみに、旧約聖書の「ヨシュア」は、新約聖書の「イェス」と同じ名前なのです。「ヨシュア」をギリシャ語に字訳すると、「イェス」になるのです。今でもギリシャ正教会では、ヨシュアをナザレのイェスと区別するために、わざわざ「ヌンの子イェス」という言い方をするそうです。しかし、偶然名前が一緒なのではありません。ヨシュアがイスラエルの民を安息の地に導き入れたように、イェスは私たちを永遠の安息に導き入れます。ヨシュアはイェスの予型(よけい)なのです。

 

さて、安息の地にスパイに入りました。40日間かけて探ったところ、非常に肥沃な地で、まさに主が約束された通りの地でした。しかし、問題もありました。そこに住んでいる民族は体格も大きく強大でした。モーセは彼らに対して、地形や都市、森林の状態まで細かく調べて、地の産物のサンプルを持ってくるように命じました。実際に彼らはぶどう、イチジク、ザクロなどの身を棒に担いで持ってきましたが、ここで面白いエピソード(逸話?)があります。ユダヤ教のとあるミドラーシュ(口伝による補填)によると、カナン進出に否定的だった10人のスパイは、この地の産物がこの地の良い印象を与えることを恐れ、進出につながるのではないかと考え、「持ち帰るべきものは何もなかった」ということにしようとしたというのです。これに対してヨシュアは剣を抜き、脅して採取させて持ち帰られたというものです。

 

この時に12人のうちもう一人ヨシュアに同調したのが、カレブでした。このカレブに関して、少し余談になりますが興味深い背景があります。民数記32:12に、「ケニズびとエフンネの子カレブ」とあります。「ケニズびと」というのは、イスラエルが今から成敗しに行こうとしているエドム人の一部族です。つまり、自分の血筋がある民族に対して地を取りに入るように、イスラエルに説得しているのです。ただ、ユダ族の代表に抜擢されるくらいですから、そのような覚悟はとうに決まっていたでしょう。「カレブ」という名前は一般に「犬」という意味ですので、カレブは一説には元々奴隷で、そこから身を興してその地位についたとも言われていますが、実質的な根拠はありません。最近では、「カレブ」は「真心の者」、「勇敢」、「一心不乱」のような意味も持つという学説があり、はっきりしたことはありません。ただひとつ言えるのは、イスラエルが主に反抗して約束の地に入ることを拒絶した時に二十歳を超えていながら40年後に入ったのは、ヨシュアとこのカレブの二人だけであったことです。カナンの占領が一段落した時点で、ヨシュアはカレブにそこまでの働きを労って、カレブの要請通りに山ひとつを嗣業(永代受け継ぐ資産)として与えます。

 

ヨシュア、中々真面目そうなキャラクターですが、真面目だけが神に従う上で求められることではありませんし、真面目そのものが人を救うわけではありません。そのあたりは次回考えたいと思います。

八王子バプテスト教会通信-過去の投稿リスト